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Author:okitot
短波時代の英語アナウンサー。NHKの国際放送ラジオジャパンで25年間ほどニュースを読んでいました。そのご縁で現在NHK World TVインターネット放送のHP更新のお手伝いをしています。

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川田さんの事
私自身も3月生まれだが、私の周辺には誕生日を迎える人が複数いる。その1人は川田政 甫さん。川田さんは私の大先輩だが、実はつい最近亡くなられた。
私の職場はラジオジャパン、NHKの国際放送であった。現在でもいくつかの言葉で放送しているがその最盛期に比べると、少なくとも英語放送については見る影もない、と言わざるを得ない。
少し背景をいうと、別のところにも書いたし、すでにご存知かもしれないが、ラジオジャパンの前身は、戦前のラジオ東京であった。知る人ぞ知る東京ローズはラジオ東京のアナウンサーであった。
しかし戦後のラジオジャパンは戦前のラジオ東京と一線を画し、日本の戦意高揚等と言うことではなくて、日本をよりよく知ってもらうために海外に放送する広報機関に生まれ変わったのでである。
かといって放送のメディアは相変わらず短波放送であったし、戦後放送が再開した時は昔のラジオ東京が利用したNHKの放送会館のほぼ同じようなスタジオから放送をしていた。
戦前のラジオ東京が一旦廃止となったとき、ほとんどの従業者はその時点で解雇ないしは他の業務に振り分けられたため、戦後の国際放送は極めて例外的なケースは別として、全く新しい体制の元で放送を再開した。
戦前と同じく、その中心は英語の放送であったが、その当時のいわば一期生として雇い上げられたのが、私の先輩の川田さんであった。もちろん他にも複数のすばらしい先輩がいたが、川田さんは特別な存在であった。それはまず抜群の英語力、次にアナウンス力。そして後にも先にも日本人としては無比の、すばらしい低い、暖かい、バリトーンの声であった。
川田さんは戦後のラジオジャパンを代表する声、ボイスジャパン、日本の声だったのである。川田さんについては思い出すことがたくさんあるが、まずは3月誕生の大先輩として彼の存在を讃えたい。
ご冥福を祈ります。
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日記 | 08:42:40 | トラックバック(0) | コメント(0)
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