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Author:okitot
短波時代の英語アナウンサー。NHKの国際放送ラジオジャパンで25年間ほどニュースを読んでいました。そのご縁で現在NHK World TVインターネット放送のHP更新のお手伝いをしています。

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「東京ローズのアナウンス」
「東京ローズ」はどんな英語でアナウンスしたのだろうか。

NHKラジオ国際放送「ラジオジャパン」の英語アナウンサーだった私は、今でも英語アナウンス、つまり英語の発音、発声そしていわゆるプレゼンテーションに興味がある。「東京ローズ」として歴史に名を残すアイバ・トグリはオンエアでどのような英語を話したのだろうか。

勿論出身がロスアンジェルスのアイバの英語がネーティブの英語であることに間違いはない。しかし「ローズ」はバラであるから、さぞかぐわしく美しい英語でアナウンスしただろうと思うと、残念ながら事実はそうではなかった。

ワシントンDCにマスターが残っていてインターネット上で今でも聞くことができる「東京ローズ」の音声は短波放送の雑音を差っぴいても特に上品ではない。日本訛りが有るという人もいるが、私の耳にはむしろロスアンジェルスの普通の英語に聞こえる。洗練されたアナウンサーの英語ではない。むしろ気になるのは声の質そのもので、こちらはしゃがれた「だみ声」である。数少ないラジオ東京時代を知る職場の大先輩(私の国際局欧米部時代の上司で、目をつぶって聴いていると英国紳士がしゃべっているとしか思えないQueen's Englishを話す水庭進氏)は、アイバのアナウンスを全く評価していない。水庭さんはかねがね「東京ローズ」は全く別人だと言って来た。

歴史上の「東京ローズ」ことアイバ・トグリは勿論カリフォルニア大学ロスアンジェルス校の卒業生だったし、「医者になる夢を持って」UCLA大学院修士課程に進んだほどの優等生ではあったが、まれに見る悪声であり、当時抜群に英語が出来る日本人、あるいは素晴らしい発音発声の日系人が担当するアナウンス業務を任されるような人材ではなかった。

そもそもなぜ本来タイピストとして採用されたアイバがアナウンサーというラジオがまだ最先端のメディアであった当時の花形稼業に抜擢されたのだろう。

それは、企画されていた「ゼロアワー」、つまり「突撃の時間」、という物騒なタイトルの番組をパロディー化して日本の軍部が当初目的としていたで戦意喪失の意図をを中和しようという考えから生まれた配役だったからである。

台本とアナウンスをまかされていたオーストラリア人捕虜で、名アナウンサーの誉れの高いカズンズ少佐が、しり込みするアイバに「私に任せてくれ、決してアメリカに逆らうようなことはさせない」、と言ったというのは有名な話である。二重の意味を持つ内容は日本人には分からないようにカズンズが書き、その二枚舌の放送を担当したのがアイバだったということになる。カズンズ少佐にしてみれば、必要だったのは日本国籍の優秀なアナウンスが出来る女性ではなく、声もアナウンス技術も劣っていても自分の「たくらみ」に協力してくれるアメリカ籍を放棄しなかったアイバのような女性だった。

また実はあまり本来のアナウンス力が必要な仕事でもなかったのだ。彼女の役割は基本的には「ゼロアワー」の音楽紹介役。今なら砕けた調子が売り物のデスクジョッキーだった。台本には(今でもそうだが)アナウンサー読みのパートはAnn.と書く。これは"announcer"の略称でしかないのだが、彼女の場合この名前が彼女の番組での名前となった。

アンといえば「赤毛のアン」が思い浮かぶが、実際にはアメリカで当時人気の連載漫画"Orphan Annie"、つまり主人公で孤児のアニーの名前がそのイメージではないだろうか。はからずもこの名前は遠くアメリカの家族を離れ、太平洋の果て日本に「彷徨う」アイバの境遇と一致するものであったが、基本的にはありふれた女性の名前であり、出発点では名前などないも同然の役だったのである。

「東京ローズ」のアナウンスの話に戻ろう。

短波放送には高めの女性の声が良いという定説がある。その伝で行くとアイバの声は全く向いていないことになるが、日本人の女性には普通ない悪声が、欧米人にはhusky、つまり一種セクシーで魅力的な声に聞こえたという可能性もないことはない。しかし、「ゼロアワー」のアンが真に「東京ローズ」であったか否か。

「東京ローズ」として名乗り出たアイバ以外にも女性アナはいた。話を複雑にすることになるが、厳密に言うと「ゼロアワー」のアナウンスを担当していたのは「スペシャル・フィーチャー・ユニット」といわれるいわば番組部門であり、ラジオ東京には他に「英語アナウンサー」と呼ばれる人たちがいた。今の言葉で言うと「局アナ」だろうか。そのうち女性は1945年8月15日現在の名簿には5名。(このあたりは別の職場の先輩、北山節郎著「ラジオトウキョウⅢ、敗戦への道」に詳しい。)その中でローズの名にふさわしい女性アナウンサーは一人しかいないとアナウンスの大先輩、水庭進はいう。幼少時カナダバンクーバーに住んでいた日本人女性、ジューン須山芳枝であるというのである。

「テレ朝」が終戦記念特集として放送した番組では彼女を含む女性アナの声が最新のIT技術で復元され、「これこそがあの美しいアナウンスだ。この世でもう一度聴けるとは思わなかった」と感激する先輩の姿があった。

歴史に「東京ローズ」として名を残したアイバ・トグリのアナウンスはその名に値せず、真の「東京ローズ」は格調高いカナダ英語でアナウンスしたジューン須山芳枝であったということになる。



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